
全国さまざまな農家さんのストーリーや農業へのこだわり、
農業の未来についてなどのお話を伺う「日々是農好」
今回は富山県砺波市の「農事組合法人高儀新筏営農組合」さんにご登場いただきました。
豊かな水と庄川おろし、扇状地に広がる種籾の里
高儀新筏営農組合 代表理事 組合長 村上宗義さん
恵まれた自然環境と、先人から受け継ぐ技術
米どころである富山県砺波市は、水稲の種子となる種籾(たねもみ)の里でもある。富山県は種籾の受託生産量が日本の6割を占め、全国1位。東北から九州まで40都府県以上に出荷され、中でも砺波市はそのうちの5割を生産している。
「この地で質のいい種籾ができるのは、自然環境の条件が揃っているから。庄川の豊かな水があるし、山から川に沿って川風が吹きおろすことも好条件になっているんですよ」
砺波市高儀新・筏地域で長年、種籾栽培に携わり、高儀新筏営農組合長でもある村上宗義さんは砺波の栽培環境をこう話す。
庄川扇状地には夜半から朝にかけて“庄川おろし“と呼ばれる川風が吹きおろし、朝露を飛ばすことで種籾栽培の天敵である湿気を防いでくれる。庄川に流れ込む清冽な雪解け水と、扇状地ならではの水はけのよい土質も好条件となり、発芽率の高い種籾が生産されている。富山県には黒部市や入善市など他にも種籾の産地があるが、いずれも“水が豊富で、強風が吹く”という条件が共通している。
いつからこの地で種籾栽培が始まったのか―。江戸期には始まっていたとも言われ、起源には諸説あるが、砺波市が種籾栽培発祥の地という説もある。
「種籾の研究をしている某国公立大学の先生によると、明治時代に富山県が県内各地で種籾栽培を奨励したところ、砺波で栽培したものの出来栄えが良かったことから、この地の産業として根付いていったそうです」
恵まれた自然環境を強みに、先人たちが培った技術はこの地で大切に受け継がれ、新品種の開発など改良を重ねながら、全国に知られる種籾の産地に成長していった。
品質を守るのは、手作業での選別作業
初夏の日差しが降り注ぐ中、背丈が高く伸びてしまった稲を選別し、ひとつずつ引き抜いていく。まだ6月だが、頬に汗がつたい、20分おきに軽トラックで涼みながらの作業になる。
「種籾は、食用米より高い価格で取り引きされますが、その分手間がかかる。種籾は種子用に作られた籾殻付の米なので、基本的に食用米と栽培方法は同じですが、品質を均一にするため、稲の選別を手作業でやっています。収穫時に落ちた籾が翌年に発芽する漏生稲や、成長が著しく異なる稲は品質を落とす原因になるので、早めに抜いてしまわないといけない」
村上さんは毎年、5回ほど空調作業服を着て田へ入り、高儀新筏営農組合で管理する田を含めて3~4ヘクタールの選別作業を行っている。
現在、同組合では「つきあかり」「コシヒカリ」「ミルキークィーン」「にじのきらめき」「峰の雪もち」など5品種の種籾を栽培している。種籾の出来栄えは、翌年の米づくりや収穫量にも関わってくるため、品質管理は気の抜けない重要な仕事だ。各品種年に2回、農協や県の職員による圃場検査が行われ、収穫後は厳しい検査をクリアしたものが出荷される。それぞれの田で栽培記録簿を付けてトレーサビリティを確保しているため、万が一出荷後に不具合が生じても、どこの田で採れたものか、どんな管理をしていたのかを追えるようになっている。肥料もN(窒素)、P(リン酸)、K(カリウム)以外も配合された種籾用を使うことで、発芽率を上げている。
「いろいろな品種が混ざらないよう、品種が代わる毎に田植え機、コンバイン、乾燥機等を清掃しているんですよ。大変だけど、そこまで手間暇かけて育てた種籾から立派な米ができると、うれしいですね」
米は生きもの。
手をかけるとおいしくなる
米は生きもの―。村上さんは父がよく口にしていた言葉を思い出す。
「父は春から秋にかけて農作業をして、冬は地元の酒蔵で杜氏をしていました。酒米の質を保つため、天候に合わせて保管所の風通しを良くしていたそうです。米は生きものだから、手をかけてこそ酒がうまくなると言っていました。私も地元の酒を飲んでいますから、その言葉が身に染みています」
近年の異常気象で、種籾栽培でも高温障害の影響がさけられない。デンプンなどを蓄える成熟期間に猛暑日が多かった種籾は休眠が深くなり(適切な温度や水分があっても発芽しないこと)、発芽の遅れやばらつきが出やすくなる。この見極めが悪いと、翌年の育苗にも支障が出るため、“米は生きもの”という感覚で浸種の調整をしなくてはならない。
「高温障害が今ほど問題になる前から、暑かった年の翌年は発芽に時間がかかると言われている。昨今では春から夏が高温になるのが当たり前になっているので、種籾に水分を吸収させる浸種の期間を長くとらないといけないんです」
その年の気温状況を見ながら、品種ごとに浸種の期間と水温を調整することで発芽率を高めていく。生きもの相手の繊細さが問われる作業だ。
コミュニティを守りながら、スマート化へ
村上さんはかつて建設会社に勤務していた。現場監督として一般建築から橋梁事業などに携わり、地域のインフラ整備にも貢献してきた。砺波市高儀新筏地区は古くからの農村地域で、先代から受け継ぐ形で就農する人が多く、村上さんもその一人だ。地域には「結」という農家同士で労働を支え合う仕組みが根付いており、それが農村のコミュニティにもなっている。
「30年程前、父から家業を受け継いで、兼業農家になったんです。子どもの頃から地域の人たちが助け合う姿を見て育ちましたし、そのつながりを守りたいという思いもありました」
高儀新筏営農組合が発足したのは平成30年(2018)。それまでは機械共同利用組合としてコンバインなどを共同購入していたが、水路の改修工事をするタイミングで営農組合を組織した。現在、組合員は23名で、19名が農作業を担っている。地域の助け合いのシステムとして、水田に雨水を一時的に貯留する田んぼダムを導入し、下流域での水田の水位上昇を防いでいる。このシステムは当初、モグラが掘った穴から漏水してしまうことを防ぐための対策だったが、異常気象で大雨が頻発する今、排水制御において大きな役割を果たすようになった。今後はスマート農業の導入や畦畔の除草対策を通じて、農作業を効率化し、若手の就農者を増やすことを目指している。
「私たち組合は高齢化と人材育成が課題。組合員のご家族に声をかけて、農作業を手伝ってもらっています。米や種籾づくりは昨今、正当にもうかるようになってきている。春から秋は農作業をして、冬は北陸でスキーなどを楽しむ。そんなメリハリのある豊かなライフスタイルを選べることも、農業の魅力になればいいですね」
杜氏や漁業に従事する人が多かった半農半業のスタイルは新しい選択肢がある時代へ。村上さんが描く農業の未来はシビアな現実を見据えつつも、夢を持つことを忘れていない。


~ V O I C E ~
パイプライン化で導入。水管理の労力を大幅削減
高儀新筏地区が農業用パイプラインのモデル地区に選ばれたことをきっかけに、「水まわりくん」を導入しました。朝晩と、頻繁に田の水量を確認する必要がなくなり、水管理がずいぶんと楽になりました。高齢者が多い地域なので、労力が削減できることは助かります。上流域、下流域で水量に不公平感が出ないよう、調整しながら使うようにしています。脱着やメンテナンスの仕方など、実際に使ってみての感想をメーカーや販売店にフィードバックし、一緒に商品を進化させていければいいですね。「水まわりくん」は優れた商品なので、人手不足で悩む農家の助けになってくれることに期待します。

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