
全国さまざまな農家さんのストーリーや農業へのこだわり、
農業の未来についてなどのお話を伺う「日々是農好」
今回は山形県遊佐町大楯地区の担い手農家さんにご登場いただきました。
農村風景を守り、消費者も生産者も幸せになる農業
伊藤大介さん 今野洋さん
30年以上の歴史がある「庄内 遊YOU米」
山形県と秋田県にまたがる標高2000メートルを超える鳥海山。その麓に位置する山形県飽海郡遊佐町は庄内平野の北西部にあり、県内屈指の米どころである。万年雪を頂く鳥海山を源流とし、月光川へ流れ込む伏流水が田畑を潤している。
遊佐町の大楯地区は区画が小さく、素掘り水路のため水管理や草刈り作業が非効率な地区であった。そのためほ場整備が実施され、4年に渡る工事を経て令和7年度に事業が完了する見込みとなっている。
そんな遊佐町で30年以上前から作られているのが、「庄内 遊YOU米」というブランド米だ。生活協同組合「生活クラブ」が山形、長野、栃木、秋田の提携生産地と作っている共同開発米のひとつで、各県ごとに特色が異なる。1970年代には生活クラブと遊佐町が米の直接提携を始めており、共同開発米の歴史は遊佐町から始まったという。「庄内 遊YOU米」は農薬と化学肥料を慣行栽培の半分以下に抑えた特別栽培米だ。種子消毒に薬剤は使わず、60℃の湯に数分浸して消毒する温湯消毒を行うことでも、農薬の回数を最低限に抑えている。食味も良く、もっちりとした食感で、炊き上がりはふっくらしている。一般的な米のように品種名ではなく、産地の特色を反映したブランド名になっているのは、消費者に喜んでもらうことはもちろん、生産者の暮らしや産地の景観も守りたいという思いからだ。
農家と生協が一体となった米作り
平成4年(1992)に町の米農家が集まり、農協内に「庄内 遊YOU米」の遊佐町共同開発米部会を発足。「農薬や化学肥料をできる限り減らしたい」「持続可能な米作りをしたい」「消費者も、生産者も納得できる価格にしたい」、部会と生活クラブの組合員がそんな思いを共有し、協議しながら生産している。現在、遊佐町の農家の6割にあたる380戸が生産者となっており、大楯地区の今野洋さんと伊藤大介さんも中心メンバーとして活動している。
「父の代から受け継いで、遊YOU米の米作りをしています。生協と話し合いながら、消費者さんが本当に求めている米を工夫して作るのは大変だけど楽しいし、やりがいがある」と今野さん。
「私たちが、遊YOU米のピーアールをすることもあるんですよ。どんな環境で、どんな米作りをしているのか、なぜおいしいのか、東京などで直接、消費者さんに伝えたり、YouTubeでも農作業などの情報を配信しています」と伊藤さんも笑顔を見せる。
「庄内 遊YOU米」というブランド名には、「楽しみながら米作りをし、消費者であるあなたを喜ばせたい」という思いが込められているが、二人の言葉からその真意が伝わってくる。“YOU”である消費者との交流を大切にしており、生活クラブ神奈川の組合員たちは実際に遊佐町に足を運び、農作業に参加することで、米作りの楽しさ、大変さを実感しているという。
飼料用米を養豚場へ。
持続可能な循環型農業
今野洋さんは大学で畜産学を学び、卒業後は北海道で酪農に従事していた。遊佐町へ戻った後は、地域活性化事業として地元食材を生かした商品開発に携わり、37歳で就農した。就農した当時は多角経営を目指したこともあったが、今は米とイチジク栽培に集中し、品質を向上させながら、反収の改善を追求している。また、畜産への興味も持ち続けているという。
「酪農をしていた理由は動物が好きで、牛や豚の世話が好きだったから。実家の農家を継いだ後も、地元の酪農牧場に通っています。遊佐町では、養豚場と米農家が連携した循環型農業にも取り組んでいるんですよ」
1990年代から、休耕田の活用や転作田の作物として栽培された飼料用米を養豚の餌に混ぜて使い、豚の排泄物はたい肥として農地に還元する循環型農業を行っている。飼料の国内需給率向上にも貢献できる取り組みで、輸入穀物が値上がりする今、注目が高まっている。
米を食べて育った豚は色が白く、すっきりした甘味と脂乗り、上品な香りが特徴で、他の豚とはひと味違うと評判だ。地域ぐるみで行われる耕畜連携・循環型農業の取り組みは、農地の有効活用や地域環境保全にもつながっている。
プリンセスサリーの栽培、在来品種の復活に挑戦
伊藤大介さんは大学の農学部を卒業後、実家を継いで就農した。高校生の頃から、実家でとれた農作物や花を直売所へ納めにいく手伝いをしており、農業には早くから親しみがあったという。
「就農した頃、米の消費量が減っていくのは、日本の食文化の変化に米が合っていないんじゃないかと思って。和食だけじゃなく、ピラフやリゾットなど洋食にも合う米を作ろうと考えたんです」
海の幸を使ったパエリアに合う米を作りたいと考え、ジャスミンライスとうるち米を掛け合わせた長粒米「プリンセスサリー」の栽培を始めた。プリンセスサリーはパラッとした軽やかな食感でありながら、日本人好みの甘さも兼ね備えた品種。首都圏のタイ料理店やカレー店で人気となっており、山形県アンテナショップでも販売している。また、伊藤さんはかつてこの地域で生産されていた在来品種「彦太郎糯(ひこたろうもち)」の復活にも携わっている。彦太郎糯とは、遊佐町出身の常田彦吉氏が大正時代に作り出した伝説のもち米。繊細な甘みとほどよい粘りがあり、食味の良さが評判だった。しかし、稲穂の背丈が高いため倒伏しやすく、コンバインでの収穫がしづらいことから、昭和30年代を境に生産されなくなっていった。15年ほど前、伊藤さんを含む有志たちが試験場から種を入手し、農作業を試行錯誤することで復活に成功。そのおいしさが評判となり、福岡や東京の和菓子店でも採用されている。
消費者が何を求めているか、問い続ける
5月の田植えシーズンを迎えると、水田に残雪の鳥海山が映り込み、「逆さ鳥海」が現れる。稲刈りが行われる秋には、鳥海山を背景に黄金色に染まった稲穂が揺れ、日本の原風景を思わせる。
「故郷に戻ってきた時、あらためて鳥海山のある景観は特別なんだと思いました」と今野さん。人と自然が共存する農村風景は、農家の心の支柱になっている。
遊佐町にも集落営農はあるが、二人は組織には属さない家族経営の農家としてやってきた。今後、人手不足や人件費の負担などさまざまな問題も出てくるだろう。昨今の異常気象で、高温障害への対策も喫緊の課題だ。
「農業の楽しさは人に喜んでもらえること。誰かに求められる仕事って面白いですから」と伊藤さん。
消費者がどんな米や農作物を求め、そのために何をすればいいのか。シンプルな問いだからこそ難しさがあり、さまざまな壁がある。しかし、それを乗り越えた先に、農業の面白さと成功の鍵が見えてくることを二人の行動力が教えてくれる。
鳥海山の麓、月光川の伏流水がおいしい米を育てる。


~ V O I C E ~
水管理の効率化で、家族と過ごす時間が増えました。
遊佐町は鳥海山の伏流水がおいしい米を育ててくれるので、水の管理は重要です。山形県からの提案を受け、スマート農業の一環として自動給水栓を導入することにしました。最初は2つの商品が候補に上がっていたのですが、取り付け・取り外しが簡単で、緊急時の対応など管理のしやすさから「水まわりくん」を選びました。最初はさまざまな機能をうまく使えるか不安もありましたが、今では使いこなせています。水管理の手間はぐんと減りましたね。以前は田へ降りてバルブを開閉していましたが、その手間がなくなり時短になっています。

株式会社ほくつうが発刊する「日々是農好<ひびこれのうこう>」は、毎号全国さまざまな農家さんのストーリーや農業へのこだわり、農業の未来についてなどのお話を伺い、農業の魅力を広く発信していくフリーペーパーです。本誌をお求めの方や、取材のご要望については下記までご連絡ください。
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