
全国さまざまな農家さんのストーリーや農業へのこだわり、
農業の未来についてなどのお話を伺う「日々是農好」
今回は愛媛県西条市の「農事組合法人ファーム北条」さんにご登場いただきました。
100年先を見つめて、地域の農業を元気にしたい
ファーム北条 代表理事 越智兼正さん
自噴水「うちぬき」を農業用水に活用
「農業のスマート化を進めるなら、10年後も農業に関わっている人、これから就農を考えている人、そんな若い世代のことを第一に考えてほしい。まず若手の意見を優先すべきですよ」
農事組合法人ファーム北条の代表理事 越智兼正さんは見学会で必ずそう話している。自身も十年先、百年先を見据えて、地域農業の改革を進めてきた立役者のひとりだ。
同法人があるのは愛媛県東部の西条市北条地区。瀬戸内海に面した温暖な地域だ。越智さんの実家は半農半漁で、1.4ヘクタールほどの田を持つ米農家だった。
「周りも米農家がほとんどで、田植えや稲刈りの繁忙期は子どもたちも学校を休んで手伝いに駆り出されました」
「農繁休業」という米作中心の農村で見られた制度で、学校が特別に児童生徒の休業許可を出していた。県庁に就職してからも農作業を手伝い、父親から田を受け継いだ後は公務員をしながらの兼業農家になった。最初はわからないことも多く、最も苦労したのは水の管理だったという。北条地区は昭和、平成に実施された国営事業による農業用水が通っているが、下流域にある田へ水が届くには時間がかかることもあった。水の安定的な確保のため、「うちぬき」と呼ばれる自噴地下水にパイプを差し込んで田へ水を引き、バルブで水量を調整していた。とはいっても水が他の田へあふれだしてしまうことがあり、夜もたびたび水の見回りをしていたという。
「当時は田植えや稲刈り、水管理など農作業に合わせながら、仕事やプライベートの予定を決めていくという生活が当たり前でした」
有志が機械を持ち寄り、法人を設立
西条市は江戸時代に造られた干拓地に農地が広がり、臨海部には工業地帯も整備されている。海抜が低く、豪雨になる度に農地が氾濫し、排水設備のない湿田は生産性が低かったことから、平成28年(2016)から圃場整備と農業用排水施設の整備を一体的に行う事業が進められてきた。北条地区の整備が完了するのは、令和9年(2027)を見込んでいる。
公務員を定年退職後、地域農業の世話役を任されていた越智さんは、えひめ農林漁業振興機構に何度も足を運び、農地集積やファーム設立までの道のりを相談した。公務員時代は土木が専門だったこともあり、圃場整備の計画が実施されるずいぶん前からその課題について考えていたという。
「圃場整備事業が決まった時、地区すべての生産者さんに農地集積の組織づくりをしようと声をかけましたが、難しかった。作っている農産物が違うと、資材や肥料が違うので、簡単には一緒に取り組めなかったんです」
越智さんの提案に賛同したのは、北条新田地区の稲作兼業農家である有志5軒。それぞれの農業機械を持ち寄り、平成30年(2018)に設立されたのがファーム北条である。
圃場整備、排水整備で土地の生産性を上げる
ファーム北条は越智さんが代表理事を務め、構成員たちは機械の操作やメンテナンス、電気系統などそれぞれに得意分野を持つ。農地の集積方法は、5軒の農家が持っていた9ヘクタールの田を、農地中間管理事業を行うえひめ農林漁業振興機構に一旦貸し出し、北条地区と周辺の圃場整備された土地のうち23ヘクタールを法人として借り受けている。その他に借地もあり、経営耕地面積は30ヘクタールある。稲作に必要なトラクターやコンバイン、田植え機などは設立時に持ち寄ったものでひと通り揃っており、圃場整備後の麦栽培を見据えて乗用管理機、米麦乾燥機、麦の播種機を新たに購入した。
現在、米23.6ヘクタール、飼料米4.9ヘクタール、麦9.3ヘクタール、里芋1.2ヘクタール、メロン1.4ヘクタールなどを栽培する複合経営を行う。切磋琢磨しながら生産技術を上げており、愛媛県のブランド米「ひめの凛」では田の水を抜いて乾かす“中干し”という作業を早めに行うことでタンパク質の量を減少させ、おいしさを引き出している。圃場整備が完了した田ではICTを活用した自動給水栓を導入し、遠隔操作や水位の自動設定、周期的にバルブを自動開閉する給水計画を行うことで、労働時間短縮を実現している。
念願だった圃場整備と農業用排水施設の整備が完了すれば、湿田では栽培が難しかった麦や大豆など多様な作物の栽培が可能になる。メロンや里芋の栽培面積も拡大していく予定だ。もともと構成員全員が米農家だったため、メロンや里芋の栽培は初心者だが、JAの営農指導員の教えを受けながら品質を安定させてきた。高齢化や飛び地により農作業が不可能になった田を同ファームで引き受け、さらに農地集積を進めていくのも法人の使命になっている。
五穀豊穣を祝うハレの日、秋の「だんじり祭り」
公務員から農事組合の代表へ。越智さんの職業は変わったが、活動の根本にあるのは「地域を発展させたい」という思いだ。西条市では秋に五穀豊穣を祝う「だんじりまつり」が行われ、市内の氏子各町が所有するだんじり(山車)や神輿などが奉納される。北条地区でもだんじりを奉納するようになったのは30年ほど前で、越智さんの呼びかけがきっかけだった。地域に寄付金を呼びかけ、3階建ての豪華絢爛なだんじりを新調。秋の例祭にだんじりが勇壮に町を練り歩き、地域の誇りとなっている。
秋祭は地域にとってハレの日。黄金に実った稲に感謝し、農作業が無事に終わったことを祝い、町民が一体となって祭を運営していくことがコミュニティの維持にもつながっている。
「だんじりまつりは豪華絢爛で、荒々しさもあって、それが楽しい。農作業の達成感を味わう日でもある。各地区のだんじりが一堂に揃う統一運行が盛大で、この地区の自慢です」
農業経営を軌道に乗せ、若者の就農を増やす
10年かかった国営の圃場整備、排水整備は途中、工事完了が延期になるなど予定外のこともあったが、令和9年(2027)にいよいよゴールが見えてきた。
「農地集積やICTの活用などやれることはやって、農業を次世代へつなげていきたい。法人として農業経営を軌道にのせ、若者が展望と希望を持って農業に取り組めるようにしたい」
今後は農道・水路・耕作放棄地の問題解消や、安全に農作業ができる環境整備、養成講座の開講などを通して若手経営者の育成にも力を注いでいく。
湛水の心配がなく、安心して営農に取り組み、収益を上げていくこと。それが農家としての生きがいになること。同法人は、地域の農業の課題を見つめ直し、未来へつなげていく仕組みを一歩ずつ作ったことで、描いてきた夢を現実にしている。
「農業でしっかり稼いで、地域を盛り上げたい」 そんな心強い若手が現れることに期待が高まる。
課題を見つめ直し、未来へつなげていく農業に取り組む


~ V O I C E ~
水管理のスマート化で、“稼げる農業”へ
農地と自宅が離れており、遠隔操作ができる「水まわりくん」の設置を決めました。仕事場や旅行中でもスマートフォンで操作ができるので助かっています。夜間をさけて自動給水すれば、騒音対策にもなります。河川用水だと末端の農地には小さなゴミが流れつくこともあり、ゴミがバルブに詰まりにくい点も評価しました。自動給水と水位計を組み合わせれば、田の水位を浅く調整でき、米の食味をぐんと上げられます。農業のスマート化で省力化、高品質化を進めれば、競争力が高まって“ 稼げる農業”を実現できるはず。将来を見据えたら、若い世代が水管理を簡単に行える環境は必須だと思います。

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