
全国さまざまな農家さんのストーリーや農業へのこだわり、
農業の未来についてなどのお話を伺う「日々是農好」
今回は福井県坂井市の「九頭竜川鳴鹿土地改良区」さんにご登場いただきました。
パイプで運ぶ“奇跡の水路”、清流が坂井平野を潤す
九頭竜川鳴鹿土地改良区 中山圭主さん 高橋博司さん 野坂浩司さん
清らかで冷たい水を24時間供給
おいしい農産物を育ててくれる、清冽な水-。福井県の九頭竜川下流域に広がる農業地帯では日本最大規模のパイプラインシステムにより、清らかで冷たい水が24時間、安定的に供給されている。
国、県、市町が一丸となって取り組んできた国営九頭竜川下流域農業用水パイプライン事業は平成11年(1999)に着工し、17年の歳月をかけて平成28年(2016)に全面供用開始となった。地中には巨大なパイプが埋め込まれ、用水路網の総延長は54.8キロメートル、1万2000ヘクタールの農地をカバーしている。パイプラインが通る坂井平野一帯は福井県随一の穀倉地帯で、土地生産性が高く、稲作をはじめ、大豆や大麦、そば、北部丘陵地はメロンなどの果物、三里浜砂丘地はラッキョウの産地として知られる。以前の農業用水は上部が開いた開水路だったため、市街地の排水が流れ込んだり、ごみが投げ込まれたりし、水の品質悪化が懸念されていた。また、開水路自体の老朽化や、水路の塩分濃度が高くなる塩害、末端の田畑まで水が行き届きにくいという問題もあり、解決策としてパイプライン事業が進められた。農業に関わる地域住民が待ち望んだ念願の事業と言える。
パイプラインを展開しやすい地形的な特徴
現在、この大規模なパイプラインシステムは九頭竜川鳴鹿土地改良区が管理している。九頭竜川に設置された鳴鹿大堰(川の水量を調整する河川構造物)で取水された水は、福井市、あわら市、坂井市、永平寺町の農業地帯を潤し、一部水道水にも使われている。
なぜ、ここまで大規模なパイプラインシステムが実現できたのか。その背景には、坂井平野一帯の地形的な特徴がある。山から流れてきた九頭竜川が扇状地へと流れ込む際、海側へ向かって地盤がゆるやかに低くなっていくため、自然の動力で末端の田畑へと水を送ることができる。山側から海側へ、高低差がありすぎても、なさすぎても水の流量制御が難しいが、坂井平野ではちょうどいい高低差で水圧がかかり、管理がしやすい。パイプラインの有効落差(自然エネルギー)を活用した小水力発電も行っており、その売電収益を維持管理費に活用するなどコストカットにもつながっている。また、もともと福井県は全国的に見ても圃場整備が進んだ地域で、整備された農地ではパイプラインを展開しやすいという好条件も重なっており、まさに“奇跡の水路システム”と言える。
千年の歴史を持つ水路、熾烈だった水争い
鳴鹿大堰はデザイン的にも優れており、自然との調和がテーマのひとつ。空に伸びる油圧シリンダーが鹿の角のように見えるが、このデザインはある伝説にちなんでいる。九頭竜川を利用した水路の歴史は古く、奈良時代には既に開削の記録が残っている。平安時代には地元の神官たちが水不足の解消を願って春日神社にお参りをすると、鹿があらわれ、その導きに従って水路を掘ったところ、水がよどみなく流れたという伝説が残り、これが鳴鹿大堰のデザインモチーフになっている。江戸時代になると十万石を支える水路が整備されたが、堰も水路も構造が簡素で、水不足を発端とした農民の争いが絶えなかった。現代では想像もつかないが、下流にまで水が行き届かないことから、農民たちがカマを持って争うこともあったという。
昭和20年代には農業用水施設として全国初のコンクリート堰・鳴鹿堰堤が完成し、合理的な用水配分ができるようになった。現在の鳴鹿大堰は鳴鹿堰堤を発展させたもので、油圧シリンダーを使って6つのゲートを開閉でき、洪水で水量が増えても調整がスムーズにできる。奈良時代から令和へ、千年の歴史を持つ水路は時を超えて進化し続け、地域に恩恵をもたらしている。
安定した水の供給が、収穫物の地域差を解消
「米や農産物は収穫できる。ただ味に格差がある」パイプラインの共用が始まる前、農家からはそんな声が聞こえていた。農産物を生産できる環境はあるが、冷たい水が田畑へ行き届かないことが味を大きく左右する。渇水期や収穫期は水が不足し、午前中にポンプでくみ上げて水を送っても、末端の田畑へ到着するのは夕方になることもあった。河川への塩水遡上や地下水の塩害も長い間問題になっており、パイプライン化がそれらをすべて解決した。地域ごとに調圧水槽を4箇所設置したことで、末端側の取水が上流側に影響しづらい構造になっており、パイプライン全体の圧力が安定することで、どの地域の農家も24時間冷たい水を使えるようになった。
九頭竜川鳴鹿土地改良区内にある司令室では流水制御や監視をしており、一部の操作はスマートフォンでも可能だ。パイプラインとICTを組み合わせた自動の水管理システムを稼働させ、さらなる省力化・高品質化を目指している。
発展の源は「農家のために」という想い
安定した水の供給が地域による農作物の味の格差をなくし、「福井の米はおいしい」「坂井平野の農作物はひと味違う」、そんな評価へとつながっている。地球温暖化の影響で稲の高温障害が問題になる中、パイプライン化とICTを組み合わせることで夏場でも冷たい水を夜間に供給できる夜間かんがいを実施し、米の品質向上を叶えている。夜間かんがいの面積は年々増加しており、今後は福井県の新たなブランド米「いちほまれ」の生産にも貢献できるだろう。酒米においても効率よく栽培できる環境が整ったことで、地産酒米を使った日本酒の生産を拡大した。また、水利用の自由度が増したことで、砂丘地・丘陵地でもニンジンやカボチャ、ネギ、小玉スイカなど高収益作物への転換が進んでいる。
現在、坂井平野の農家では、パイプラインの清流で栽培される高品質な農作物を「くずりゅう千年耕園」という共通ブランドでピーアールしている。“千年受け継がれた農業用水の恩恵を、これからの千年も享受しながら、おいしく高品質な収穫物を産出していくこと”を表明し、該当する農産物にはブランドのロゴマークが付けられている。九頭竜川鳴鹿土地改良区でも福井米のピーアール活動を行うなど、地元農産物の知名度アップに一役買っている。
先人たちが築いた奇跡の水路をどうつなげていくか。国営事業で整備されたパイプラインを管理する九頭竜川鳴鹿土地改良区では県営の管理組織や、各地域の土地改良区、営農組織との協力体制を強め、より効率的な運営を目指している。水稲ひとつとっても、収穫時期が異なる晩生、中生、早生の品種があり、水の管理には工夫がいる。末端にある田畑まで水が行き届くようになった今、さらに細やかな水の配分と管理ができれば、農作物はもっとおいしくなるだろう。パイプラインシステムの管理の源は「農家さんのために」という想い。九頭竜川鳴鹿土地改良区の挑戦は次の千年を見据えながら続いていく。
奈良時代から令和へ。千年、受け継ぐ九頭竜川の恩恵。



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