
全国さまざまな農家さんのストーリーや農業へのこだわり、
農業の未来についてなどのお話を伺う「日々是農好」
今回は新潟県上越市の農事組合法人「高野生産組合」さんにご登場いただきました。
「農業は楽しい」、そんなマインドを育てたい
高野生産組合 山﨑透さん 小林昌宏さん 田村茂人さん
大規模な圃場整備とスマート農業で効率化
GPSが付いた直進キープトラクターが広大な田を進むと、均一の深さで溝がほられ、そこに種もみが落ちていく。そのスムーズな動きに、見学者から思わず感嘆の声が上がる。
新潟県上越市南東部に広がる板倉区高野地区では平成30年(2018)から5年間かけて、81.4ヘクタールにも及ぶ大規模な圃場整備が行われた。それまでは1区画が30アールと小さく、農道の幅も3メートルほどと狭かったため、小型の農業機械しか入ることができず農作業には手間がかかっていた。
「次の世代へ農業をつないでいくためにはとにかく新しいことをやっていかないと。高野地区ほどの大規模圃場整備はめずらしいので、全国から農業関係者が視察や見学に訪れていますよ」と話すのは農業組合法人高野生産組合の小林昌宏営農統括部長。同組合では圃場整備とあわせ、上越市スマート農業プロジェクト実証事業としてスマート農業にも取り組んできた。
「当組合はもともと農業機械の共同利用組合として発足しました。高野地区のほとんどの農家が組合員で、その後、法人化されて。若手職員が入るまで、地元出身の私と小林が中心になって運営してきました。ただ、農業人口は減少していますし、高齢化も進む。農作業を手伝ってくれる協力員もいますが、組合員は50代以上がほとんどで、40代でも若手に入る。効率化は自然な流れです」と山﨑透代表理事。
農業経験ゼロから“スマート農業の申し子”へ
「私が組合に入ったのは7年前。農業経験はないし、農業機械を操作したこともない。そんな私がスマート農業を生かして就農できるのかどうか、ある意味、実験みたいなものでしたね」と笑うのは田村茂人営農第二課長。前職はラジコンヘリで農薬散布などを請け負う企業で働き、同組合とも付き合いがあった縁で令和元年(2019)に40代で常勤職員となった。ヘリコプターはラジコンだけでなく有人ヘリも操縦できるパイロットとしての顔も持つ。入職当初、トラクターを操縦するのははじめてだったが、直進アシスト機能が付いたトラクターや田植え機を使うことで、熟練者と変わらないスキルを身につけるまで、そう時間はかからなかった。スマート農機を使いこなすことで作業時間のスピードを上げ、田の状況をパソコンやスマートフォンを使って一元管理することで農作業を“見える化”。今では、スマート農業を進める上で、欠かせない存在となっている。
「農作業が初心者でも、パソコンやスマートフォンを使うスマート農業はむしろ田村さんのような若手のほうがすぐに親しめる。私たちにとって田村さんはスマート農業の申し子だよ」と山﨑代表理事。農業未経験の若い世代が就農する上で、スマート農業が大きな支援になるというモデルケースを提示している。
生産コストを削減し、“しっかり稼げる農業”
圃場整備では1区画1ヘクタールを標準区画としたが、それを大幅に超える広大な田もあり、最大区画は4.2ヘクタール(200メートル×210メートル)。これは東京ドーム1個分の面積にあたる。農業経験者からしたら、「これだけ広くて、田の均平が保てるのだろうか」という疑問がわくかもしれない。水稲の均一な育成には、田に高低差がなく、均平であることが条件のひとつになってくる。田の土をならす代掻き作業の際、レーザー受光機能付きのトラクターを使うことで、最大高低差3.8センチと高い均平精度を保ち、発芽率の向上や除草剤散布の軽減につなげている。食味や収量のばらつきについても、収穫物の重量や水分量などを自動測定できる食味・収量コンバインを導入し、そのデータを施肥設計に活用することで、その不安を解決している。
また、少人数で大規模営農を効率よく進めるために導入したのが、種もみを田に直播きする「V溝乾田直播」と、あらかじめ苗を育成して田へ移植する「移植栽培」を組み合わせた作期分散型の農法だ。直播は移植栽培に比べて収穫期が遅いことから、稲刈り作業のピークをずらすことができる。
少人数大規模営農で生産コストを下げ、ひとつの田の収量を上げることで収益性を上げていく。同組合では、圃場整備やスマート農業など大胆な改革を積み重ねることで、稲作だけでも“しっかり稼げる農業”を実現している。
農業も、自分時間を大切にできる働き方
近年、米不足に陥ったこともあり、農業が抱える課題に注目が集まっている。日本の農家を守り、主食である米を守っていくためには、どうすればいいのか。
「私たちの子どもの頃は、農作業はほとんどが手作業でした。一般の方も農業は大変というイメージが強いかもしれません。ただ、スマート農業が普及することで、農業への意識が変わってきた。効率化や売上も大切ですが、農業をする人のマインドを高めたい。農業は楽しいし、工夫次第で稼げる。休みもしっかり取れることを知ってほしい。スーツ姿で農業をする人が増えてくるかもしれない。就農する人が増えることが農業を守ることにつながっていくはずですから」と小林統括部長。
米づくりで大変な仕事のひとつが水の管理だが、圃場整備の大区画化に伴って水路をパイプライン化し、水管理の負担を減らそうと自動給水栓を導入した。水田の状態をパソコンやスマートフォンでモニタリングしながら、給水・排水が遠隔操作できるため、時間の有効活用が可能になった。空いた時間を使って、自分の時間を大切にする。スマート農業が普及すれば、農業の世界でも、そんな働き方がスタンダードになってくるだろう。
選択も、正解もひとつじゃない。発想の変化を
同組合が長年、理念としてきたのが、「集落の農地は集落で守る」こと。地域に愛される米であり続けるため、高野地区の地元農家が食べる保有米は、高野産100%を配布している。令和7年(2025)にはその米袋のパッケージデザインを地域から公募し、令和8年(2026)から新パッケージで配布予定だ。味の評価も上々で、地域の誇りになっている。
AIや機械にできることはそれらに任せ、地域とのコミュニケーションやブランディングなど人にしかできないことを自分たちでやっていく。そんな発想が生まれてくるのも、農作業の効率化によって考える時間の余裕が生まれたからだろう。
同組合が進めてきた大規模圃場整備やスマート農業は全国的に見ても先進的であり、唯一無二。視察者は「うちの地域ではできない」と圧倒されることもあるという。しかし、ひとくくりに農業地帯と言っても、環境が違えば、選択や正解は変わってくる。高野地区の未来を見据えたポジティブな取り組みに触れることは、「農業は、工夫次第で楽しいし、面白い」という発想の変化をもたらしてくれそうだ。
スマート農業で、熟練者の「技術と感覚」をデータ化


~ V O I C E ~
圃場管理の枚数が多いほど、遠隔操作の効果を実感
高野地区では圃場整備に伴って用水をパイプライン化しましたが、それに合わせて水管理を省力化してくれる「水まわりくん」を導入しました。自動給水栓を遠隔操作できるので、手動開閉をしていた時と比較すると、約80%もの水管理時間削減効果を確認できました。圃場管理の枚数が多いほど、遠隔操作の有効性を実感できています。自動制御システムにより夜間の用水需要がない時間帯に効率的に給水ができますし、水田モニタリングセンサーを設置することで気温と水温を管理でき、稲の葉やけを防ぐこともできました。おすすめの装置なので、見学会でも紹介させてもらっています。

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