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日々是農好 Vol.003

全国さまざまな農家さんのストーリーや農業へのこだわり、
農業の未来についてなどのお話を伺う「日々是農好」
今回は福井県南越前町の農事組合法人「長沢えぇのう」さんにご登場いただきました。

挑戦する心が、田んぼを、未来を耕していく

長沢えぇのう 藤原慎さん 吉田正宏さん 西川修司さん

次世代へと託された、米づくりのバトン

 福井県南越前町の長沢地区は、美しい山や海、緑豊かな里が広がる自然の宝庫。寒暖差の激しい山間部特有の気候と澄んだ水に恵まれ、この土地で育つ米は美味しいと評判だ。しかし、近年は高齢化と後継者不足が進み、農業の継続が大きな課題となっていた。そこで、平成26年(2014)に協業型の任意生産組織を母体とした『長沢えぇのう』が設立された。この組織は、地域の農業者や関係者が自発的に協力し、農業生産や関連活動を共同で行うことで、地域の農地を守り、農業の未来を支える役割を担っている。
 そんな法人設立当初の中核メンバーたちも70代後半から80代と高齢化が進み、ある時、事業を引き継ぎたいと世代交代の申し出があった。集落の戸数が少なく、他に法人運営を担う人材を探すのは難しい実情があった中で、集落の道路や公民館管理を行っていた藤原さんをはじめとするこのメンバーが、大切に守り繋いできた農地や景観を守りたいという思いから、「自分たちがやるしかない!」と運営を引き継ぐことになった。

『長沢えぇのう』が踏み出した、新たな一歩

 「西川さんのお父さんは『長沢えぇのう』設立時に理事を務めていましたが、事業継承の際、私たちにすべてを任せてくれたことが大きかったですね」と吉田さんは語る。事業を引き継ぐ際に直面する問題の一つは、長年の経験とこだわりを持つ先代から、新しい方法に対して多くの意見が出ることだ。3人は当初、農業に本格的に取り組んでいたわけではなく、田植えや稲刈りの繁忙期にだけ手伝う程度だった。「そんな私たちに対して、先代たちが長い目で見守ってくれたことが、円滑な継承につながった」と西川さん。その結果、長沢地区は集落全体がまとまりを持ち、地域全体で農業を支える強い絆が築かれていったという。
 「やるからには、品質やおいしさにもこだわりたい」と考えた3人は、法人化当初から残されていた書類に目を通し、業務改善から着手。実際には、お米を育てるような目に見える作業だけでなく、さまざまな手続きや免許取得といった雑務も多く存在する。農業は曖昧な部分も多く、これまでアバウトだった点を一つずつクリアにすることからまずは開始した。例えば、大型特殊免許やけん引免許を取得したり、作業の効率化や省力化を目指してドローンの資格を取得するなど、休みの日を利用して必要なスキルを積極的に身に付けた。また、家族経営が多い農業では事故防止策が不十分な場合が多いため、労災保険にも加入し、安全対策にも力を入れた。「知らなかったからやっていなかったではなく、世の中が変化していくのに合わせて対応していくことが大切」と、メンバーは語る。そうやって、まずは当たり前のことを徹底し、農業の質を高める取り組みを推し進めていった。

毎週水曜日の作戦会議と、未来を耕すための作業日誌

 3人が運営を引き継いで以来、欠かさず作業日誌をつけている。毎週水曜日の夜に集まり、今週末の作業内容を確認し合い、計画を擦り合わせる。従来の農業は、教科書やマニュアルがなく、身についた習慣や感覚で進めるのが当たり前だった。そのため、いつどのような作業を行ったかを振り返るのが難しく、作業効率を改善するポイントを見つけるのも困難だった。
 作業時間を記録し数値化することにも力を入れている。この約4年間で実に400時間以上を農業に費やしてきた。どんなことも数値化することで、各作業にかかる時間を分析でき、改善点も明確になる。限られた時間で2つの仕事をこなす兼業農家にとって、これは非常に重要な取り組みでもあるのだ。作業日誌や数値があれば、体系的に振り返ることも可能になるので、次の世代にとっても貴重な情報源となる。

仕事先でも欠かせない情報収集

 普段はサラリーマンとして働いている3人には、兼業ならではのメリットもあるという。例えば、仕事を通じて多くの人と出会う機会があり、そこから得たさまざまな情報を自分たちの農業に活かしているのだ。「いかに情報を集めて効率化に繋げられるかを考えることが大事だ」と藤原さん。まずは試してみて、改善点があれば話し合いながら進めていく。“失敗したらまた考えればいいという大らかな気持ちで、何でもやってみる”それが3人のモットーなのだと話してくれた。

地域と共に歩む、新しい時代の米作り

 現在、長沢地区では「コシヒカリ」を中心に、「日本晴」「いちほまれ」「ハナエチゼン」の4品種を栽培している。「長沢で育てたお米を、自分たちの手で届けたい」という強い思いから、刈り取ったお米の乾燥・調整はカントリーエレベーターに頼らず、自前の乾燥機を使用して行っている。これにより、水分を14.5%にまで落とすことができ、高い品質を保ったお米が提供できるのだ。
 3人は今後について、「兼業農家でも取り組みやすい農作業体系の省力化を進めていきたい」と語っている。そのため、組織運営に必要な情報を誰でも分かりやすく文書化することに取り組んでいるほか、GAPの導入も進めている。GAPとは、農業を行ううえで守るべき基本的な規範のことで、この取り組みにより作業手順の標準化や効率化が進み、安全性の確保にもつながる。結果として、高品質な農産物を生産できるだけでなく、消費者からの信頼を得ることにも貢献している。
 こうした数々の挑戦や、日々のトライアンドエラーを重ねながら、彼らはきっと長沢の米作りを未来へとつないでいってくれるだろう。

農業の効率化につなげるために水まわりくんやドローンなど最新の機器も率先して導入。既成概念にとらわれず、常にアップデートを心がけている

~ V O I C E ~
ICTの活用で、経験値が必要な水管理を誰もが担える仕事へ

 3人で農業を進めていく中で、一番の課題は水の管理でした。田植え後、一定の水量を保つのが非常に大変で、これまでは朝晩に1枚ずつ田んぼを見回り、水量を調整していました。実はこれが一番経験が必要で、面倒な作業でもありました。そこで、遠隔で水の管理ができるシステムを探していたところ、「水まわりくん」にたどり着きました。このシステムなら、全ての田んぼを一括で管理でき、バルブの開け閉めも簡単。問題が発生している箇所もピンポイントで把握できるので、それだけでも大いに助かっています。長沢地区はパイプライン化されていたため、バルブの開閉機能も備わっているのは「水まわりくん」だけだったので、それが決め手となりました。導入時には多少の不安もありましたが、仕事の効率化に大きく貢献してくれており、取り入れて本当に良かったと感じています。


株式会社ほくつうが発刊する「日々是農好<ひびこれのうこう>」は、毎号全国さまざまな農家さんのストーリーや農業へのこだわり、農業の未来についてなどのお話を伺い、農業の魅力を広く発信していくフリーペーパーです。本誌をお求めの方や、取材のご要望については下記までご連絡ください。


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