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日々是農好 Vol.002

全国さまざまな農家さんのストーリーや農業へのこだわり、
農業の未来についてなどのお話を伺う「日々是農好」
今回は滋賀県米原市の農事組合法人「甲津原営農組合」さんにご登場いただきました。

「天窓」が見守る里山、姉川源流の水が特別な米を育てる

甲津原営農組合 代表理事 山崎茂さん

故郷の農地を守るため、営農組合を設立

 滋賀県甲津原の里山は海抜約500m。さほど標高が高くなく、快晴の日は空が近くに感じられ、里山を見守る「天窓」のようである。甲津原は米原市北東部にあり、伊吹山系西麓の奥にあることから「奥伊吹」とも呼ばれている。
 「私は生まれも育ちも甲津原で、農家に生まれました。この地域の人はほとんどが農業をしているし、私もそうですが、会社勤めをしながらの兼業農家が多いんですよ」と話すのは甲津原営農組合の代表理事・山崎 茂さん。平成5年(1993)に、耕地区画の整備や集約化によって効率化を図る圃場整備事業を行ったことをきっかけに甲津原地区の28の農家で営農組合を設立させた。平成27年(2015)には任意の運営だった組織を法人化させている。その大きな理由は、地域の農業従事者の高齢化だ。これは、日本全国の過疎化が進む地域や中山間地域にある農家が抱える共通した課題だろう。
 「圃場整備をして4 0 0あった田を1 0 0ぐらいに数を減らして、面積を広くしました。ただ、大きな田を整備したら、大型の農業機械が必要になりますが、小規模な農家では金額的に手が出ない。そこで営農組合にし、補助金でサポートしてもらいながら設備投資をしています。人手も共同経営にしたほうが、確保しやすいんです。営農組合は故郷の農地を守る、ひとつの手段ですね」
 この地域の農業従事者は60代、70代でも若手で、80代、90代の人は農作業をするには体力的に限界がある。農作業や年4回ほどある畦畔の草刈りは営農組合の10人が協力し、効率的に行っている。

化学肥料を減らし、食味にこだわった米

 甲津原の主要な農産物のひとつが米だ。経営面積は水田が13ヘクタールほど。4月終わりごろ、組合員が苗代をして種籾をまき、5月に田植え、9月に稲刈り作業をする。甲津原は冬に3メートルもの雪が積もる豪雪地帯。伊吹山から姉川源流の澄んだ雪解け水が流れ込み、水の清冽さと昼夜の寒暖差が米をぐっとおいしくしてくれる。
 「県の農業普及員だった方から、ここの米はおいしいよ、と言われたんですよ。その方が県を退職された後、米のコンサルタントをされたので、一緒に食味の良さを追求していって」
 米の食味とは、おいしさを総合的に評価したもので、「外観」「香り」「味」「粘り」「硬さ」「総合評価」の6項目で評価される。営農組合では法人化した平成27年(2015)から化学肥料を減らし、米のたんぱく質の含有量を減らすために肥料を調整するなど、食味の評価を上げる工夫をしてきた。その努力は結果を出し、平成28年(2016)には「第18回 米・食味分析鑑定コンクール国際大会」において「特別優秀賞」を、令和2年(2021)には近江米食味コンクール「環境こだわり部門」最優秀賞(知事賞)を受賞している。
 「甲津原は米の収穫量が少ないので、量ではなく味で勝負しないと。それがブランディングと収益アップにもつながりますから」
 甲津原のコシヒカリは飲食店でも採用され、「一度食べてみたらおいしかった。来年も購入したい」といった声も上がり、評判は上々だ。

在来種伊吹そばと地元の母ちゃんの味

 伊吹山麓の名物のひとつが、在来種伊吹そばだ。1300年もの歴史を持ち、伊吹山が日本のそばの発祥地という説もある。現在、伊吹山麓各地で栽培されており、甲津原は栽培地として最上流で、みつばちによる他品種との交雑がないため、市内で栽培を行う農家のための種取りも行っている。実が小粒なのが特徴で、実を挽くと外側の皮が多く混ざり、そば通の間では皮特有の野趣あふれる風味が楽しめると評判だ。伊吹大根のおろしと一緒に味わうのが米原流の食べ方で、甲津原では土・日曜・祝日のみオープンする喫茶「麻心」で味わえる。
 「6 次産業化の商品としては、地元で採れる山菜やみょうがを使った漬物や、うめぼし、味噌も人気があるんですよ。営農組合ができるまでは個人で作って細々と販売していましたが、組合に漬物加工部として入ってもらった。地元のお母さんたちに受け継がれる味で、甲津原ならではの立派なブランドです」
 中でも味噌は人気があり、大豆と塩、こうじ菌を原料に添加物など余計なものは一切入っていない。大豆の旨味が伝わる力強い風味で、味噌汁を特別な料理にしてくれる。

コストカットや省人化の大きなメリット

 「甲津原周辺の4集落と農業機械共同利用組織を立ち上げ、中山間地域等直接支払制度や国の補助金制度を利用しながら、さらに効率化を目指しています」
 新しい農業機械としてこれまでトラクター、田植機、コンバイン、ラジコン草刈機などを新調してきた。購入補助金を得るためには、地域農業の効率化や加工品販売や農地集積など厳しい基準があるため、4集落が力を合わせて取り組むことが必須になってくる。農業機械を4集落で共同管理すれば、全体の台数を減らすことができ、その分メンテナンスや更新の費用が抑えられるというメリットもある。ラジコン草刈機や水田の自動水管理システムを導入し、スマート農業を進めることで、省力化、高品質化につなげることも期待できる。水田の自動水管理システムを導入したのは、米原市内で甲津原が初。市役所がそんなスマート農業の導入を評価し、近隣市内の農家を集めて見学会が開かれるなど、甲津原の取り組みが米原全体の農業の効率化を牽引している。

若い世代へ、農業のバトンをつなぐ

 「今後、甲津原の農業が継続できるのか、正直、未知数です。ただ、今は続けていくための土台づくりをしているところ。私たち60代、70代の組合員が元気なうちに、次の若い世代が趣味でもいいので農業をやってくれるようなシステムをつくりたいんです。決して私たちの営農組合は特別じゃない。まだできることがあるはずなので、そのために他地域の営農組合へ視察にも行っているんです」
 農業機械の新調やスマート農業の目的は効率化だけではなく、若い世代が“農業をしたい”と思ってくれるための環境整備でもあると山崎さんは言う。現在、若い世代がサポーターとして農業機械のオペレーションをしてくれることもあるが、コンバインにエアコンが付いておらず、つらい思いをさせているのが申し訳なかったと。最新型の機械により労働環境を改善し、若い世代に農業へ興味を持ってもらいたいという狙いがある。地域おこし協力隊に、6次産業化のブランディングに参加してもらうという策も練っているところだという。
 高齢化が進む地域で農業が継続できるかどうかは山崎さんが言う通り、確かに未知数だろう。ただ、甲津原の美しい里山と農業を守っていくために、集落が思いをひとつにし、その取り組みが少しずつ実を結んでいるのは確かだ。自然と人智が織りなす原風景は静かに、力強く、次世代へつながれていく。

4集落の知恵を結集させ、伊吹山の恵みを次世代へ

~ V O I C E ~
数多い水田の水管理が楽に。労力を大幅削減。

 圃場整備をしたとしても、中山間地域の水田は一枚の面積が小さいんですよ。1枚、平均2反くらいで、数も多い。高齢化が進む甲津原では、水田の水管理に割ける人員に限りがあるので、何かいい方法はないかと考えていました。「水まわりくん」を採用することにし、最初は「機械で水の管理ができるのかな」と少し不安もありましたが、設置してみると、便利だと実感しましたね。傾斜地などいろいろな条件の水田があるので、それぞれに管理システムの調整が必要でしたが、メーカーへお願いすれば、うまくやってもらえました。もちろん人の見まわりも必要ですが、その回数が減らせて省力化できました。


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