ライブラリ

Library
日々是農好 Vol.001

全国さまざまな農家さんのストーリーや農業へのこだわり、
農業の未来についてなどのお話を伺う「日々是農好」
今回は福島県南会津町の「会津高原たていわ農産」さんにご登場いただきました。

里山の実りは故郷の誇り、未来へつないでいく

会津高原たていわ農産 代表取締役 星安彦さん

農業を受け継ぐことは、故郷を守ること

 残暑が厳しい9月初旬、里山に広がった真っ白なそばの花を秋風が優しく揺らす―。
 「この景色が好きでね。特に早朝、朝霧がたちのぼり、山々を背景にして白いそばの花が咲いている光景が幻想的なんですよ」と話すのは、会津高原たていわ農産の代表取締役・星 安彦さん。平成7年(1995)に南会津町からの依頼を受けて同社の前身となるたていわ村農業公社に入社し、農業の世界へ入った。地元の兼業農家出身とはいえ、前職はサービス業で、農業は素人同然のスタートだったという。
 南会津町舘岩地区の標高は800m。山間に小さな田畑が点在し、のどかな里山の風景が広がっている。冬は積雪が2mにも及ぶ豪雪地帯で、山間特有の寒暖差が農作物を一層おいしくする。中でも、米の栽培を大きく左右するのが、この地域自慢の上質な水だ。ミネラルを蓄えた清澄な雪解け水が舘岩川へと流れ込み、それをため池ではなく、水田へと直接引きこむ農法が米のうまさを引き出している。ただ、メリットばかりではなく、山間地ならではの苦労とも隣り合わせだ。山にはりつくように点在する小さな田畑は機械作業がしづらく、草刈りの手間も増え、自ずと人手が必要になる。そんな課題が少しずつ深刻になり、高齢化が進んだ地域の農作業の一部をサポートするために、自治体主導で立ち上げたのが、たていわ村農業公社だった。その後、同社の役割は広がり、平成14年(2002)には地元の農家から田畑を借り受け、農作業から収穫、販売までを一手に引き受ける会津高原たていわ農産として事業化した。
 「地元の農家さんとの約束は、この地で先祖から受け継いできた田畑を後世に残していくこと。黄金色に実る稲穂も、白いそばの花も、当たり前に続いていくわけじゃない。もちろん人手不足など大変なこともありますが、今の美しい風景をつないでいきたいんです。」
 農業を受け継ぐことは、故郷への思いを受け継ぐこと。その思いを共有してこそ法人と農家とのコミュニケーションもうまく回っていく。町が公社のリーダーとして星さんに白羽の矢を立てたのも、そんな真摯な人柄を見抜いてのことだろう。地域には助け合いの関係性が根付き、地元の猟師たちへは害獣駆除を依頼し、農作物を守る上で欠かせない存在になっている。また、農作業がひと段落する冬場はたていわ農産が道路の除雪を請け負っており、交通インフラにも一役買っている。“持続可能な社会”という言葉を近年よく耳にするようになったが、“助け合うこと”が生業のひとつになっている舘岩地区では、自然と持続可能性が成り立っている。

「里山のつぶ」を皇室へ献上する大役

 現在、たていわ農産では米32ヘクタール、そば106ヘクタールを中心に、行者ニンニク1.5ヘクタールの栽培を行っている。平成30年(2018)、同社にとってひとつの転機となったのが、新嘗祭で皇室に献上されるブランド米「里山のつぶ」の生産を任されたことだ。「里山のつぶ」は、福島県が11年かけて育てたブランド米で、前年の平成29年(2017)に販売が開始されたばかり。地元からの期待がかかる、まさしく大役だった。「里山のつぶ」は山間部での栽培に向いた品種で、大粒で食べ応えもあり、炊き立てはもちろんだが、冷めてもおいしいため、塩むすびにするとその実力がわかる。
 「最初は地元にいい恩返しができるし、名誉なことなので、ありがたく引き受けたのですが、田植えでの厳かな神事などを経験し、だんだんとその大役の意味を感じるようになりました。気が引き締まりましたね」
 端正込めて育てた米を最後は手作業で選別し、手縫いの布袋と福島県産の桐箱に入れて無事に献上。「里山のつぶ」の知名度も上がり、直売所でも「これが献上されたブランド米ですね」と声をかけられることが増えていった。同年、たていわ農産は米づくりの環境において、福島県が独自に設けている農業管理の認証制度FGAP認証を取得し、働き手にも配慮した農業環境を整えている。

年々、ファンを増やす在来種のそば

 「農業をやっていてうれしいのは、収穫のとき。これまでの苦労が吹き飛びますから。そして、お客様にそれをおいしいと褒めてもらったとき。指定管理を任されている物販や飲食店で、お客様の反応に直接触れられることがやりがいになっているんですよ」
 たていわ農産ではそばの栽培も盛んで、高地で栽培された「たていわ在来種」は豊かな風味が特徴。土づくりから始まり、丁寧に栽培したそばを収穫し、乾燥、選別まですべて自社で行い、町の「そば処曲家」や「道の駅番屋」では石臼で挽いた香り高い十割そばを提供している。「舘岩のそばをうちでも出したい」という飲食店のファンも増え、東北や関東のそば店へも販売している。令和5年(2023)にはそばの実を使ったお菓子「蕎麦の実CRUNCH CHOCOLATE」をプロデュースし、そばの実の香ばしさを生かすことにこだわった。直営店では自前の農作物を使った6次化商品も販売しており、料理用に加工したそばの実や、行者ニンニクを使ったオリジナルの餃子も自慢の逸品だ。

「機械化」と「人の勘どころ」の両輪

 星さんが取引先のそば屋の店主と話をしていた時、驚いたことがある。店主は平日でも行列ができる人気店で腕をふるう職人だったが、「毎日、安定しておいしいそばを作ることは本当に難しい。気温や湿度など、まだまだわからないことがある」と。その言葉に職人らしい探求心を感じつつ、「自分もさらにおいしいものを作りたい」という農業への情熱を刺激された。米も、そばも栽培方法の工夫は難しさもあるが、だからこそ奥が深い。品種の増加などチャレンジすることが楽しいと星さんは笑う。
 「担い手不足や耕作地放棄、気候変動による害虫被害など農業はさまざまな課題に直面しています。国の政策の変化にも対応していかなきゃいけない。ただ、やっぱり面白いし、魅力があるのが農業。作り手の工夫によって、ここにしかないおいしいものができて、それを喜んでもらう。地域にも貢献できる。いい仕事です。」
 たていわ農産ではスマート農業にも取り組み、自動給水システムの試験設置や、肥料等の散布にドローンを導入している。高齢化はこれからも進んでいくため、省力化、効率化は農業にとって必須の時代。ただ、農業において人の勘どころも大切だと考え、例えば米を乾燥するスピードや、そばの製粉の調整は機械まかせではなく、人がこれまで蓄積した技を生かしているという。機械やAIをうまく使いこなしながら、農業人として技を磨いていく。だからこそ仕事は面白いという星さんの言葉が印象的だ。どんな世界でもそうだが、めまぐるしく変化する時代だからこそ、変わっていくべきことと、守っていくべきことがあるはず。たていわ農産の仕事は、そんな大切なことを教えてくれる。

黄金の稲穂と真っ白なそばの花が里山に秋の訪れを告げる

~ V O I C E ~
水まわりくんなら、最適時間に短時間で給水し、良好な水温を維持できる

 たていわ農産では水田の水管理を1人でやっていることもあり、「水まわりくん」には助けられています。水の温度は稲の生育に影響を及ぼし、低下しすぎると育ちが悪くなってしまいます。以前は冷たい水を昼間に水田へ入れていたのですが、「水まわりくん」を使えば夜間に短時間で給水することができ、水温を良好な状態に保てます。
 また、東京大学大学院農学生命科学研究科生物・環境工学専攻農地環境工学研究室の西田准教授と株式会社ほくつうとの共同研究に協力しているのですが、スマート水管理の活用により稲の生育に好影響があることを実体験しました。里山の厳しい農業環境では省力化システムは必須なので、機能の向上に期待しています。


株式会社ほくつうが発刊する「日々是農好<ひびこれのうこう>」は、毎号全国さまざまな農家さんのストーリーや農業へのこだわり、農業の未来についてなどのお話を伺い、農業の魅力を広く発信していくフリーペーパーです。本誌をお求めの方や、取材のご要望については下記までご連絡ください。


PDFはこちらからダウンロードいただけます! → 日々是農好vol.001